美味しいものに興味がない人の幸福論

美食に興味がないのは変?

世の中には、「美味しいものを食べることが幸せ」とされる風潮が強くあります。テレビ、SNS、雑誌、どれを見ても美食の話題で溢れかえり、それを楽しむ人々がまるで”幸せの象徴”のように描かれていますよね。

しかし、私はその感覚にちょっと共感できなかったり。むしろ、その風潮を冷めた目で見てしまうことすらあります。

「美味しいものに興味がない自分って変なのかな?」と思ったことがある人もいるのではないでしょうか。


美味しいものに興味がない理由

美味しいものを食べることが幸せと感じられる人々がいるのは事実です。尊重します。彼らには、1日に3回も幸福感を味わうチャンスがあるわけです。それに対して、自分にはその幸福のチャンスがないという気持ちも正直あります。

しかし、その一方で、私は自分の幸福の価値観に嘘をつきたくないとも強く感じています。

「美味しいものに興味がない理由」は人それぞれかもしれませんが、私にとっては、食事は単なるエネルギー補給に過ぎません

それよりも私はお酒が好きで、食事を楽しむ理由があるとすれば、それはお酒を楽しむためのものでしかないのです。もしお酒が飲めないなら、ご飯を食べる理由すら感じない、そんな価値観です。それ以上の意味を感じないのです。


幸福は食事以外にも無限にある

美味しいものを食べることに幸福を感じない私は、その分、他のところに幸せを見出しています。

たとえば、趣味に没頭する時間、友人や家族と過ごす心地よい瞬間、新しい知識を学んで成長する喜び、そうしたことが私にとっての幸せです。

食事以外の幸福感は、食事と同じように多様で、むしろそのほうが私の心に深い充足感をもたらします。

「美食に興味がない」という価値観は少数派かもしれません。世間が押し付ける”幸せの形”から外れていると感じることもあります。

しかし、それでも強調したいのは「美味しいものを食べることだけが幸せじゃない。人には人の幸せがある」


自分の幸福に正直であること

幸せの基準は一人ひとり違います。他人の基準に合わせる必要はありません。美味しいものに興味がない自分を疑問に思う必要も、世間の価値観に合わせて無理をする必要もありません。

それよりも、自分が本当に幸せだと感じる瞬間を見つけ、それを大切にすることが大事です。

「美味しいものが好きじゃない」「グルメに興味がない」と感じている自分を否定しなくても良いのです。

その時間とお金を、自分がもっと幸せだと感じるものに使いましょう。


最後に

世の中の流行や価値観に違和感を覚えることがあっても、それを発信することは重要です。自分の思いや価値観を言葉にし、発信することで、同じように感じている人たちの共感や支えになることもあると思います。

「美味しいものにそれ程興味がない自分」を認めて、そして、自分の幸せを堂々と追求しましょう。

「幸せは人それぞれである」というシンプルなメッセージを広めていきましょう。


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